本当はグランドキャニオンに行く予定だった。
セドナでも、フェニックスにも、エルパソでももっとゆっくりしたかった。
グレイハウンドという長距離バスで、ロサンゼルスからフラッグスタッフまでのバスのチケットを取った日の夜、あたしの気持ちは簡単に変えられてしまった。
その日は、オーストラリア人マックスとイタリアじーちゃんがちょっと気になってる日本人の女の子達とのディナーに、通訳代わりに来て欲しいとの事だったので、サンタモニカを出る最後の夜になった。
だけど、待ち合わせ時間を過ぎてもジャパニーズガールズからは連絡がない。
案の定、ブッチだった。笑
ヘコみまくりの二人と一緒に行った場所は、「リトルトーキョー」と呼ばれる、日本食街。
そこの広場の真ん中にあった、小さな丸いステージ。
そこでは、カラオケをバックに自分の歌を披露できるという場所だった。
途中までは興味がなかったけど、歩き回るうちに、誰かが私の崇拝するアレサの曲を歌ってるのが耳に飛び込んできた。
吸い込まれるように、猛ダッシュでステージの前まで走った。
同い年ぐらいの黒人の女の子が歌ってた。
めっちゃ上手。
この子もアレサが好きなんやろなぁー。
その子が歌い終わると、
「ヘイ!ジャパニーズ!」って、誰かが誰かに叫んでて、その「誰かに」の方が、すぐに自分だって事がわかった。
歌っていいん!?
って大喜びして、曲を選んでると、受付の人が、
「ヘイ!お前はスキヤキソングを歌えよー!」
と言っている。
スキヤキソングなんて聞いた事ないし、そんな歌あるんか?
この人ら、もしかしてめっちゃマニアックなん知ってるんかな?
焦るうちに、前奏が流れ出す。
勝手に曲決めるな!(笑)
小さな画面に浮かび上がる
「sukiyaki-song」
ん…この曲、聞いた事ある。。
なんとそれは、あの名曲、
「上を向いて歩こう」だった!!
数々の疑問が頭をよぎりつつも、歌いはじめるとすごく幸せな気持ちになった。
日本の歌という事で、周りの人は、大喜びして聞いてくれた。
今まで感じてた、異文化や言葉の壁や、ホステルの掛け布団がない事なんかのストレスが一気に吹っ飛んだ瞬間やった。
その夜、ベッドの中で、その広場で歌った事を思い出してた。
なんでスキヤキソングなんかな。
軽くショックやった。
世界の中では身近やと思ってたアメリカで、日本食街で、
唯一選ばれた日本語の曲。
それがスキヤキソング。
スキヤキなんか出てこーへんし。
日本=スキヤキなん?
わかりやすいという理由からなんやと思うけど、
タイトルぐらいはしっかりして欲しかった。
アメリカでは、軽く日本語が通じる所もあると思ってたけど、誰も日本語を知ってる人がいない。
お店に入る度に、レストランに入る度に思う事が、BGMをかけているお店が少ない。
アメリカは、もっともっと音楽が溢れてる場所やと思ってた。
よし、それなら、音楽が溢れてる場所に行こう!
今日、マックス達と出かける前に、バスのチケット取ったばっかりやけど、ちょっと遠回りになるかもやけど、1番あたしが行きたかったニューオリンズに寄り道せずに行こ!
JAZZが生まれた場所。
小さい頃、私が好きだった、ハックルベリーフィンの物語の舞台になった、ミシシッピ川。
多分、私の予想やけど、
「moon river」も、ミシシッピ川の事を歌ってるんやと思う。
昔からそうやけど、あたしに降りかかる不意討ちの衝動は、かなりの威力がある。
誰にも、もちろん私にも止められません。
という訳で、次の日からの三日間は、バスターミナルとバスの中を宿代わりに過ごしながら、ニューオリンズに向かう日々となった。
グレイハウンドバスは、アメリカでは1番ポピュラーな長距離バス。
だけど、止まる駅止まる駅で、荷物を出して、また次のバスに乗り換えないといけない。
最初の、ロスからラスベガスまでは、夜行バスみたいだったから、隣の人は、比較的安全そうな80歳くらいのおじいちゃんにした。
同じマンションに住んでたじじぃが、俺らぐらいの年になると大丈夫や!って言ってたのを思い出して。
ラスベガスには、夜明け頃に着いた。
こんなきれいな夜明けのグラデーションを見たのは初めてで、ずっとそこにいたくなった。
ラスベガスからの乗り換えのバスに乗る瞬間、大きなクマのぬいぐるみと五個ぐらいの大きな荷物をかかえた大きなおばちゃんを見つけた。
彼女は、バスに乗る前に、男の人と抱き合ってた。
親戚の人かな?
バスに乗り込むと、偶然、その人と隣になった。
大きなクマのぬいぐるみには、「ラスベガス」という文字が入ってて、旅行帰りなんかな?と私は思った。
私は窓側、おばちゃんは通路側やったんやけど、バスが動き出した瞬間、おばちゃんは私の上に急に乗っかってきて、外の男の人に手を振り出した。
重い…。と思いつつ外を見ると、さっきバスに乗る前に抱き合ってた男の人だという事がわかった。
おばちゃんは、男の人が見えなくなるまで手を振った。
次の瞬間、おばちゃんは、号泣。
「どうしたの!?」
って尋ねると、
私の夫なの。。
と、泣きながら私に説明する。
彼女のそばでは、楽しい時間を過ごせた証の大きなクマが精一杯微笑んでいた。
どんな状況なのか、詳しくは知らないけど、彼女には、離れ離れにならないといけない事情があったみたい。
私も、おばちゃんに、自分の指輪を見せながら、関西空港で別れた時の事などを話した。
その瞬間、私も号泣(笑)
もう一週間ぐらい経ってるけど、私の心のアンバランスさは、そのおばちゃんと似ていた。
おばちゃんは、携帯で、夫に電話をかけて、
「愛してる、愛してる、、」
って何度も小さく叫んでで、それを聞いたら、また泣けてきた。
バスの運転手はユニークな人で、アメリカンジョークで車内を笑いの渦に包んでいたけど、唯一、私たちだけは、正反対で、わんわん泣いてた。
アメリカにきて、気づいたけど、私にとってここは、言葉が通じない分、感情が1番に走る場所になってる。
日本にいた頃は、周りから、私は何考えてるかわからへんとか結構言われてた。
泣く事もめっちゃ恥ずかしい事やと思ってたけど、ここに来てからは、あまり言葉を話せない私を支えてくれる、大切な感情のような気がして。
もちろん、泣いてどうこうしようという考えでは、ないんやけど、なんか不思議に思います。
おばちゃんにはその後、親近感を持たれ、フラッグスタッフに着くまでの間、ぬいぐるみを持たされてたり、そのぬいぐるみの上から肘起きに使われたり、着いてから、荷物を全部運ばされたり、荷物の番をさせられたり、時折、
「大丈夫かな?」
って聞いてくるのもわざとらしかったけど、ちょっと可愛かった。
フラッグスタッフから、フェニックスまでのバスを待ってる間、お世話になってるガイドブック、「地球の歩き方」を読んでいると、後ろに並んでた、韓国人の男の子に、声をかけられた。
彼は、地球の歩き方、韓国バージョンみたいなのを持っていて、見比べたかったらしい。
アメリカを横断する予定の事と、滞在期間を話すと、規模が大きく感じたらしく、
「You're crazy」(君は狂ってるよ。笑)
と言われてしまったので、とっさに返した言葉が、
「You're welcome」(どういたしまして)
だった。
ん?なんか違う?笑
おばちゃんと韓国男子と別れて、フェニックス行きのバスに乗る。
この頃から身につけだしたちょっとした技が、バスを優雅に座る為に、なるべく早く乗り込んで、荷物を隣に置いて、友達を待ってるふりをしながらキョロキョロする事だった。
どうしても混んでる場合はやらない方法だけど、私はギターも乗せてるので、2つ席を広々使う方が、お互いいいんじゃないかと。
フェニックスまで、あと半分という所で、強者は現れた。自分の座ってた席を急に立って、私の隣に座ってもいいか?
と聞いてくる。
カウボーイハットをかぶった、いかにも「こちらヒューストン」的な、
でも行き先はダラスだという国籍不明の男だ。
私が日本人なのを知って寄ってきているだけだったから、あまり会話はしなかった。
ちょっと苦手な感じだったし、その人が来てからギターも抱えてないといけなかったので、そっけない対応をした。
でもやっぱり強者は強くて、フェニックスに着いてからも、荷物の番を頼まれそうになったり、バスターミナルでもやたら近づいてくる。
私はその人が嫌になった。
次のフェニックスからエルパソまでは、夜行バスだったけど、その人はまた無理矢理隣に現れた。
話しかけてきたけど、無視した。
なんでこの人と2人並んで寝る感じにならなあかんねん!
と思い、
結局朝まで起きてた。
でも、しばらくすると、私の怒りは外の風景で癒されていった。
真横に見える、北斗七星。
あれは多分北斗七星だ。
真横に星が見えるなんて、大阪では考えられなかったから。
その間を流れ星がゆっくり弧を描いて通り過ぎる。
まさに、流星群だった。
まばたきをするのも忘れて、星のまたたきを聞いていた。
日本の空から見える星が、こうやって、遠いアメリカで真横で見られるのは、かなり心を強くしてくれた。
星をみる度に、
自分の夢や、私を支えてくれる人たちの事を想い出したり再確認できたり。
私は今、宇宙にいてるんやね。
その後も、サンアントニオ、ヒューストンを超えて、無事、今朝ニューオリンズに着く事が出来ました。
ここのバスターミナルは、私の期待をもっと膨らませてくれた。
どこからともなく微かに聞こえてくる、静かなジャズピアノやサックスの音。
それは決してBGMという感じではなくて、そこに住み着いている音楽だった。
音楽は、聞かせるものじゃなく、惹かれるもの。
ここにきて、それを再確認出来るような気がします。
空港出てから宿までが大変な道のりだった。
バックパックとギターと小物達に足を奪われながら、地図通りに歩いたけど、逆方向だったことに気づき、それを何回か繰り返して、四時間くらい彷徨ってた。
この3日間、ほとんど食べてなかったのと、水分不足で、しばらく歩道でへたってた。
ガレージから車を出そうとする黒人のおっちゃんも、私がどこうとすると、
いいからそこで寝ときーって感じやった。
しばらく歩いて、そこはギリギリ地図に乗ってない場所という事が判明し、タクシーを使って、無事到着。
乗ってから気づいたけど、全然違う方向だった(笑)
私が探してたユースホステルはおかげでその後すぐ着く事ができた。
「バーボンハウス」
16ドルから18ドルで泊まれる格安ホステルで、雰囲気もすごく良くて、
ベッドもお風呂もトイレも受付のお姉さんも、全てがキレイで、苦労して来てよかった。
二時間だけ寝て、近くのレストランに、ご飯を食べに行こうと思った。
海外では、日本人女性がモテるというのは本当だった。
ここにきてからは毎日汚い格好にスッピンだけど、一日に何回もナンパされる。
日本人ならどんなんでもいいんかい(笑)
ナンパは全て日本語で話すとすぐに去って行ってくれるので、
この方法を活用してる。
今日は、レストランに向かう途中に変な女の人に会った。
1ドル払えって?
たった1ドルかもしれないけど、意味が分からないから強行突破した。
ここを通るのに1ドル払えって事なんかな?
そんな事はすぐに忘れて、中華料理店を見つけたのでそこに入った。
入ろうとしたら、店の前に黒人が立っていて、ここに入れって言ってきた。
言われなくても入るつもりやから〜とか思いながら入る。
そこは、隣がスーパーになってる所で、中華料理店は、店内と持ち帰りと両方がOKの様。
だけど、店内で食べてるのは私だけだった。
店主は、コロンビア人。
私が旅人だとわかって、かなりサービスしてくれた。
しばらく食べてると、お水が欲しくなって、店主に言うと、
隣のスーパーに連れて行ってくれて、私に選ばせてくれた。
私が選んだのは、1.50ドルの水。
お金を払おうとしたら、いいからいいからと、サービス満点だった。
ん?でもなんか気が進まない。
本当にいいの?と再度確認すると、OKって。
でも、これ、隣のお店のやんね?笑
店を出た瞬間ドキっとした。
あの1ドルおばさんが店の前に立っていた。
手には、紙に書かれた1.50ドル。
ハメられたんかな?笑
しかも、50セント値上がりしてるし、水の値段と一緒だし。
私を最初に店に誘った黒人も一緒に、
私に払えって言ってきた。
「Why?」
って尋ねると、
マシンがんトークで叫びだした。
たった1.50ドルだけど、このおばさんに払う理由がなかったから、
私は日本人だ!
通訳を呼べ!
って英語で逆ギレした。
言葉が通じないまま話が進むのは不利だと思ったから。
そっからは関西弁で、こっちも反撃(笑)
「なんで払わなあかんねん!」
って言うと、
おばさんも日本語がわからないのでオウム返しでカタコトの関西弁(笑)
しばらくそれを繰り返してると、半ば諦めた感じだったので、逃げてホステルまで帰ってきた現在。(笑)
これは、私人生初の万引きなんかな?
笑
警察呼んでくれたらそっちの方が楽なんやけどね。
変な人も多いけど、湿度が日本に似ていたり、街全体が音楽に染まっていたり、私、ニューオリンズ大好きです。
non.from New Orleans